日本人R&Bアーティスト
[2001/05]

最近、よく日本人のR&Bアーティストについて、聞かれる。けどCDを買って聴くまではしてないんだよね、、、だって、買いたいCDは山のようにあるもん。そりゃゴスペラーズは化けたと思う。ミーシャは前からいいと思ってた。宇多田は音の間が上手いと思う。平井堅もファルセットはイケテル。それはたまに耳にするレベルで、そう思う。

けど、問題はもっと深いレベルの話しだと思う。

彼らはR&Bという表現方法を何故選んだのか? 今はブームらしい。だから尚更にそう思う。たとえブームが去っても彼, 彼女らはR&Bというフォーマットを選びつづけるのだろうか??  

自分がガキの頃は、まだロックに力があった。 周囲はガンズやボンジョビ、コアな奴はニルバーナを聴いてた。けど今はそれが確かに弱くなってくる。どうしたって、クラスに40名いれば、一人や二人は音楽的な志向性を持つのは当然だもんね。その時、彼らの前にある音楽シーンの状況を見れば、やんちゃはHip-Hopで、ナイーブはR&Bになるのかも知れない。

けどブームなんて去ってナンボノ世界じゃん。 結局、日本人は歌が下手とか、コーラスアレンジメントがなってないとか、根本的に喉が弱いとか、そおいう事をいいたいので無く、自身がR&Bでなくちゃ行けない必然性と、R&Bはアフリカンアメリカン固有の音楽という位置付けに対するリスペクトを示していると、あまり思えないから。

そんな意味では、イエローモンキーはその名前を持ってロックに対するリスペクトを示しているのだから、惹かれる。もし、あの頃自分がR&Bと出会わなかったら、気に入っていただろうなァと思った事が有る。


本当に、彼らはR&Bの本質を掴まえているのかな、、って思うもん。表現方法としてのR&Bは確かに、全てに対して開かれていると思う。けど、問題はもっとコアな部分でしょ。だからこそ、自分はPlay&Pray,Sweet&Swearだと思うのだから。

そして、もっと突き詰めれば、Prayというその宗教は、やっぱりアメリカ大陸に連れてこられた時に、いっしょに押しつけられたモノなんだよね。アフリカンアメリカンにとってのキリスト教は。その頃は、黒人奴隷に洒落でアーサー等の名前を付けたって言うから。

もちろん神の前で万民は平等だと思うし、、キング牧師も、それを拘ってはいなかったと思う。けど、マルコムXはアフリカ回帰の面を持っていた。それはエリカ・バドゥにも感じるや。

例えば、「この大変な時代」とか「夢を見せてくれない社会が悪い」みたいな言動を感じるから。それってかなりアウトな発言だよ、、、日本では許されてるかも知れないけど、これは馬鹿にしすぎ。アフリカン・アメリカンのアーティストが言ったに日は総スカン間違いないって。 そんなの歴史を紐解けば明白じゃん。アフリカ大陸の東海岸から、新大陸の西海岸まで、奴隷船の船底におしつめられた彼らは、、、着くまでに3割が死んだという。だから、それを見越して3割余計に詰めこんだ。そおいう民族としての歴史を抱えてるのに、 「この大変な時代」なんて口が裂けてもいっちゃいけないって。それは本当に大事な事なんだって。

確かに、技術の進歩と共に社会は複雑になっている。村の外れのイノシシを狩れば勇者になる事は絶対にない。けど、こおいう思考は身を滅ぼす。 そんなふざけた事をいうなら、女のケツを追いかける方が100倍マシってのがR&Bじゃん。度が過ぎたHな詞とそれを感じない声は、結局、これを示してるんだと、昔気づいた。そしたら奥底の泣き声がダイレクトに伝わるようになったから。

そおいう視線が伝わって来ないんだよね、何が問題って。
それ位なら、今だからこそロックだ!!っていう人の方が好きになれると思うや、、、


「はあぁーん、あんた、なんでそんなの聴いてんの!なにそれ、R&Bって」
そりゃ、俺は昔から口が悪かったけど、いくらなんでも、哀れむくらい馬鹿にしなくてもいいじゃネーかよぉー(怒)
<shout>
うっせー、俺も馬鹿だし彼らも馬鹿だし、馬鹿が馬鹿に惹かれて何が悪いんだー!
</shout>


昔は、R&Bって言葉自体を説明するのから一苦労だった。自分はその頃から、右も左も分らずにR&Bを聴いてきた。そして、最近やっと何か掴んだと思える。その地点から見て、やっぱり"J-R&B"って区別するべきだと思う。 最近はRBって略す人も多いみたいだが(個人的にかなり納得いかない)、それならJRBでいいんじゃない??
もっと古くから人は、自分以上の拘りを持っていると感じる事がある。
それは、

ビートルズじゃなくて、Soulを選んだ。
という意気込みじゃないかと思った。もちろん文章として見た事は無いけど、なんとなくそう感じた。

それにしても、Toshi Kubotaの"Nothing But Your Love"は聴きたいなぁ、、、今度買わなくちゃ。
[2001/07/24]

「R&BかR&Bじゃないかを判断するのは、何か?」といわれると、すごく困る。たとえ白人でもプロデューサーがR&B分野の人だと、R&Bアーティストに分類されるのだから。一応はビルボードのR&Bチャートに入るかどうかが、オフィシャルな基準だとは思う。けど、そのビルボードがどういう基準で選んでいるのかは分らないし、 ナショナルチャートとR&Bチャートの境目が無くなってきた今、殊更に区別しても何の意味も無い。素直にBlack-MusicとかBlack-POPっていう方がよっぽど色んな事に誠実だと思う。 音楽ってのは感動したのを聴けばいいのであって、感動するのを探せばいいのであって、それのみだと思うから。

自分には色んなきっかけや縁があって、アフリカン・アメリカンの歌う音楽、その中でも一般的にはR&Bに分類されるジャンルを聴くと決めただけであって、それは他の場所でも書いている様に下手で不器用な拘りだと思う。けど、器用なフリをしたい訳でも無いし、そこから生まれる何かを探すのは一つの形だと思う。 もちろん、そんなR&Bという枠組みに拘らずに色んな音楽を聴く方が、新たな展開が出てくるかもしれないし、それはそれで面白そうだと思う。けど、人は二つを選べない事も有ると思うから。実際は、そんな両者がお互いに影響を与えあえればいいのだろうけど。

けど、自分はどっかでやっぱり、「表現としてのR&Bは開かれているけど、精神性としてのR&Bは違う」と思っちゃう。 表現としてのR&BのみならJ-R&Bだと思ってるし、J-R&BとR&Bとの壁は低いようで高い と思ってる。 けど、「そんな純度の高いR&Bアーティストが本国にどれだけいるか」って言われると、 確かに困っちゃう。 R&Bの精神性としては、やっぱりSoulになるのだろうけど、もうSoulという音楽ジャンルは無いから・・・


だから、その違いは単に入り方だけの気がする。 もし中2の頃に、日本人R&Bアーティストがいたなら、純粋に感動して、純粋に惹かれたと思う。 けど、色々縁や偶然があって、今自分はここにいる。この場所がいいのか悪いのかそれは分らない。 いいか悪いじゃなくて、誠実かどうかと、突き詰めれるかどうかしかない。

そしてここから見ると、R&BアーティストはどれだけHな詞でも何かが違うと、、、 そうどっかで思ってきた。確かにあの頃は、コーラスワークが違うといえたし、そう思ってた。けど、ちゃんとここを考えると、やっぱりこの結論に辿りついてしまう。それをもっと突き詰めると、上の所に辿り着いたのだから。 『メロディーとか声(ハーモニー)がいい事』 それはR&Bにとって必要不可欠。 けど、それはR&Bの背骨にはならないんだよね。

「じゃあ、あんたが言っている事は、『日本人アーティストには絶対無理』って言う事ですか?」 と言われると思う。

けど、自分にとっては、"本当にアフリカンアメリカンに聴いてもらう" → "日本という枠を出る" というレベルでのR&Bなら、「日本人には無理」って思う。 これは確かに差別だろう。 というより、「ずっと差別されてきた彼らだからこそ」っていうのは逆差別だよね。それに、これはR&Bアーティストだけでなく、

「日本人リスナーにはR&Bは分らない」

自分がそれを気づいたのは、かなりR&Bを好きになってからだった。色々考えていくと、どうしてもこの結論に辿り着いてしまったから。そう気付いた時はめちゃくちゃ悲しかった。 だって、方向転換するには遅すぎると思ったから、退くに退けない所に来てると思ったから。
だから、自分は「日本人にはR&Bが分らない」という地点を受け入れる事から、再出発した。ってそんなカッコいい話じゃないけど、それだけは、それ以来ずっと心の奥底に思ってた。 だから、日本人R&Bアーティストも、 「日本人には無理なんだ」という地点から出発できるのなら、可能性はある と思う。

R&Bという言葉が日本でもメジャーになって、皆が興味を持ち始めて、 日本人のR&Bアーティストが沢山生まれるのは、本当にいい事だと思う。けど、全米NO1は大昔の坂本九の「上を向いて歩こう」だけだから。 で、これはアフリカン・アメリカンの間にものすごくHitして、 だから今でもたまにカバーされたり、サンプリングされたり、、、 その事実がR&Bの本質を素直な形で示していると思う。 ここまでいろいろ書いてきた事を、純粋な事実として示していると思う。

だから、 いつか、その事実を受け入れた上で、その場所から出発し、 ナショナルチャートよりもR&Bチャートに入る事を喜びとして、そこを目指して歩く日本人R&Bアーティストがいるならば、本当に心から応援したいと思う。

確かに、こういうラインは年々薄くなって、忘れ去られようとしてると思う。時代錯誤かもしれない。
けど、だから、今こそって思う。



《Home》