Donny Hathaway
《広がる悲しみ》
[2002/01/18]

これだけは絶対にやっちゃいけない。破滅しか待ってないよ。それを痛切に感じる。マクナイトやStevie Wonderだってしてない。このアプローチは本気で怖い。というよりも、こんなのはこの世に有り得ないと思ってた・・・

まだ2作しか聴いてないけど、やっぱり"We're Still Firends"が1番彼自身に近い気がする。4曲目の"You've Got a Friend"は観客も含めた大合唱で終るのに。なのにその続きとも思えるこの曲では、どんどん誰もついて行けなくなる。曲が始る前は客の1人も"Right Know"って言ってるのにね。けどさ、どう考えても"This is a Little Song about a couple"ってアーティストが前置きする曲ほど自身に近いと思う。

どんな男か知りたければ、そいつの奥さんを見ればいい
と最初に言ったのは誰か知らないけど、これは常識的なことでしょう。って、奥さんじゃなくても、それまでしてきた恋愛を見ればいいと思う。自身に合うか合わないかは、同じ様な恋愛をするかどうかなのだとは、昔から思ってる。女性に対して同じ様に想い、同じ様にアプローチして、同じ様な振り返り方をするかなのだと。結局、マクナイトとの近さはそこにあるし、だからこそ、Donny Hathawayとも近いと思う。だけれども、このアプローチは怖い。


喜びは広がる。
喜んでいる人を見て、ムカツクのは間違ってるもんね。いくら相手が嫌いな奴でも、ホントに笑顔だったら、祝福したいじゃん。それ位に本気の笑顔は周囲の人をに幸せを分けれると思うから。

悲しみは違う。
何処までいっても自身の中の話であって、ぶっとんだ恋愛ほど、人様に伝えれない。そのくせ自分の中でどんどんサイズが大きくなる。けど、その中での唯一の救いは、広がらないこと。だからこそ、見詰めれる。その大前提をハズすと、待ってるのは、、、、何?


一度「掘り下げる」と決めたら引き戻らないスタンスでそれをやるのが、どれだけ危険かは分る。結局、ぶっ飛んだアルバムであるマクナイトの処女作でも、Stevie Wonderの"Innervision"でも、自分が彼らのアルバムに全部を預けれるのは、

《彼らの明晰さ》
だから。この世は泥だよ。恋愛は、突き詰めるほどにどっちが悪いかなんて分らなくなる。自分は何も間違ってないとも、自分が全部間違ったとも言える。それを実感した事無い人は、いい加減に付き合ってたか、真面目に見返したことが無い奴なのだ。

その泥から一杯すくっても、すぐに周りの泥が流れ込んでしまう。結局、イメージ的に述べると、これが事実だと思う。だから最初にラインを決めなくちゃいけない。それが明晰さなのだ。
もっと分り易く言うと、泥沼に土管を捻り込んでいる感覚。もちろんその土管の直径が小さいなら、何も価値は生まれない。そしてその土管が大きすぎるなら、手に負えなくなる。人は全てに対して責任を背負える訳じゃない。けど、終ったことには本質があるはず。それを見極めて、土管を捻り込んで、やっと泥をすくえる状態になる。もちろん外れることもある。そしたらまたやり直しだ。
その繰り返しによってのみ、土管の直径も上がる。最初の一回で本質に辿り着くこともある。彼らにはそんな明晰さがある。信じるに値する明晰さが。

Donny Hathawayのアプローチの怖さは、この土管の無さ
もちろん本気で泥をすくい出さないなら、土管なんていらない。けど彼は本気でやってる。それも土管無しに。滅茶苦茶怖いよ。これ。滅茶苦茶に怖い。彼の突き詰めれる能力は他の曲を聴けば一目瞭然。そして彼のアプローチに「土管が無いという優しさ」があるのも、今の自分に衝撃的に痛いが、良く分る。


正しいことだと・・・思ってた。たとえどれだけの人を見ても、土管はあった。
もちろん1年後なら違う。その頃には泥も固まってるから。普通はそんなアプローチ。「見返す前に、一定期間、そっとしておく」から。けど、稀に土管を入れてまで、終った直後から見詰め直す人がいる。自分はそんなタイプ。けど、これだけは間違ってないと思ってた。自分の態度が普通と違うのは分かってた。ねじり込んでいたのも。それが視線と言う事も。

けど、それは土管だったんだ・・・
この曲を何千回と聴き込んだおかげで、やっと分かった。それは凄く嬉しい。やっと自分がやっていた事を言葉に出来た。言葉にできたら、自分を客観的に見詰めれる。土管という事が分って、そこに優しさが無い事も、、、分ったよ。明晰な視線だと格好つけてたんだね。土管を入れる事は、違った形の蓋の仕方だったのか・・・あれだけ、蓋をされる事に切れてきたのに。。


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