触れる視線、えぐる視線
[02/02/12]

視覚は五感の中で1番強い
視覚の割合なんて1/5どころか50%はゆうにある気がする。確かに味覚だって食事毎に使っているのだし、聴覚が無かったら音楽聞けないもんね。けど触覚とかは普段使ってないからこそ、記憶がそこに宿っちゃうとどうしようもなくなると思う。そんな気分としてはSisqoの"So Sexual"が1番ダイレクトに歌っていて好きだけど。それ位にSinkという単語はナイス。

ここら辺は女性が歌で余り見せる感覚じゃないからこそ、歌われるとコロっといっちゃう。そんな意味では触覚を使いこなせる女性が1番怖いかなw どんな感覚にも水道の蛇口のような栓があると思う。突き詰めていけばそれを握れると思う。Janetは握ってる。大したもんだよホント。それ位にあの歌は凄い。1番凄いのは、意志が感じられる事。素直に歌うChantayよりもその点は上だね。今聴いてるAALIYAHも。意志と色気の間で絶妙なバランスを保ってる。彼女らは、トニブラやマライアの様に両方とも強くても、いつだってバランスが無くて破綻してしまっている女性達とは違うのかも。


視覚が1番乱暴なタイプ
ってのも滅多にいないのだが、男性の一部はこんなタイプだと思うな。意味に拘り、意味に悩むとこうなっちゃう。素直にF***ing重ねていけばイイのにねぇー。視線ってのは、自分自身に矛先を向けないと鍛えれない。それはこの世の事実。だからこそ、好きだったんだろうね。


"Innervisons"の強靭な視線
このアルバムに出会うまでの1番乱暴な視線はマクナイトの1stだった。そりゃねーあのアルバムのを追っかけて見えてくるのはあくまで冷静な視線であって、心が泣き叫べば叫ぶほど、視線の透徹度が増していくもん。そりゃあっちで書いたようにマクナイトは此処に依存してる。彼があれだけ未練切りを見事にやるのも、次ぎの女性に出会える確信があると、裏から追っかけていくと見える。心情的にマクナイトの処女作に合わない人は、この面があるのだと思うし、それは至極当然な感情だと思う。
同じだけの傑作なのに、"Innervisons"の方が傑作なのは、恋愛において恵まれているマクナイトじゃどうしようも出来ない事実だと思ってしまう。それ位にあの言葉は深い。ネクストレベルが明確に有る事を思い知らされて、ショックと言えばショックだけど、やっぱりうれしかったな。

けど、、、DonnyHathawayの"Live"を聴いて、もっと奥の世界が有る事を知った。確かに、彼は自殺してる。そして、その理由はここにあると思う。だから、怖いと言えば怖い。他人の精神性に怖さを覚えたのは生まれて初めてだった。

今から書こうとしていることは、これらのアルバム3枚を並べて聴けば、体感的に当然な話だと思う。やっぱりマクナイトとStevie Wonderのアルバと、Donny Hathawayとの間に明確な線が引かれるだろう。それ位に、どうしようも無い位に、歴然とした差がある。というよりも、この3枚を並べる事自体に違和感を感じるかもしれない。けどそれは違うよ。恋愛に関して見詰め切っている度合いとしては全部一緒だよ。なのに、3枚の中でDonnyのこのアルバムだけは、


見詰め切っているのに、えぐってない視線なのだ
それは信じられないな。視線ってのは自分も相手も等価にえぐってこそ存在価値があると思ってた。触れる視線なんて存在しないと思ってたし、それは単に真正面から見てないだけだと思ってた。余裕感を売りにしない、人格が出来てる人はいる。けど、そんな人であっても、1度、落ちれば絶対にどちらかに転ぶ。そんな姿も何度も見てきた。だから、この世は「蓋」か「えぐるか」のどちらかしかないと思ってた。もちろん、今のStevie Wonderがえぐってる事も無い。そんな時期をくぐり抜けた後の表情をしてる。だから、その先があるのは分ってた。マクナイトがもう1歩踏み込むのか、その先に行くのかで苦悩しているのも。去年は、あの新作(Superhero)を聴きながら、随分と悩んでた。マクナイトが悩んでいるのも、それをストレートに表現してないのも。そして、自分は彼の横顔のように目を閉じることを覚えるべきなのかについて。
あのマクナイトの横顔に鬼のような文句をつけているけれど、


ああ、これがマクナイトの処世術なのか・・・
と思っていたのも事実。あれだけの完成度の高い処女作が売れなくて、マクナイトがどれだけショックだったのかは何となく分る。あれはダイレクトに意味を掴まえてるもん。心は抑えるものじゃない。けど、人生の全てにおいて、心を優先していい訳じゃない。マクナイトは最初は抑えることから始まってる。けど、Stay the Nightまでいった時に、本当の意味を掴まえたと思うから。それは、カッコイイとか次ぎの相手に苦労しないとかで貶せるべき話じゃない普遍性がある。それは自分がファンというのを置いておいても分る。
そして、マクナイトはSuperheroでやっと振り返るくらいに大変だったというのも。そんな意味では、あの作品はR KellyのR.ほど明確じゃないけれど、伝えたいものは同じかもね。手に入れた成功に対する混乱が見え隠れするから。だから、表のジャケットは目を閉じた横顔なのだ。きっと彼は目を閉じたくなかったのにね。そして裏ジャケじゃ、ついてきてほしさげな後ろ姿だもん。



視線は何よりもポジショニングを必要とする
これが視線を使いこなす時に1番必要な事であり、だからこそ、他の五感と視覚が全く違う理由なのだと思う。「めくらと象」の喩え話があるけれど、もし、朝起きて象の腹の下にいたら、誰だって分らないよ。それに「遠い場所から眺めたら点にしか見えない」しね。けど、明確に像を切り出せれる距離感が存在するのだと。そりゃ、ホントに目に張りつく位に目の前にあったら、何も分らないもんなぁ。


Donnyのあのアルバムで1番怖い点が、対象に対する距離感の無さ
そのくせ、彼は見詰め切ろうとしてる。距離感の無さが優しさであり、見詰め切ろうとするのは誠実さのだ それは分る。けど、この2つを同時にやると、その結果として生まれるのは本気の怖さだよ。マクナイトやStevie Wonderの視線は「どれだけ泣き叫ぼうとも彼らは意味を掴まえてくる」という安心感がある。信頼に値するポジショニングの的確さがある。嵐の様な感情が襲ってきても、風向きを見極める能力があるから。少しでも緩くなったら、彼らはドンドン自身の問題点を切り出し始めるし、強くなったらドンドン二人の間をの問題点を切りだす。その何セットか分らないラウンドを一つずつこなしていく毎に、彼らの視線はどんどん強靭になって、全てを透徹する力を身につけ始めるから。

Donnyはホントに身を投げだしてるよ。滅茶苦茶だよこれは。破壊願望の方がまだ、自身を痛めつけたいという、倒錯していても、ある種の説得力がある思いだから分る。彼はもちろん破滅願望なんかじゃない。そんな悪影響な事は決してやってない。けど誰も真似できなレベル。彼が投身自殺というと、何となく分る。首吊り自殺なんか絶対に選ばないだろう。彼は、孤独さや絶望さじゃないと思うな。落ちる瞬間だけは包まれると思っていた気がしてくるや。

ここまでしてまで、一体彼は何に触れたがったのだろう?何故ここまで見詰め切っているのだろう?


視線の1番怖い点は、全てを対象にしてしまう乱暴さなのだ
視線というのは対象として認定しないと何も始まらない。それだけでなく、対象に対して適切な距離をとらないと意味は生まれない。それは自身でさえも対象として切りだす乱暴さがある。普通はそれにビビってる。バカだなぁ、、、って思う。同じ所をぐるぐる回ってる方が、よっぽど損失だよ。それが独りの話ならともかく、二人の話だったら目も当てれないじゃんって思うもん。自身のどうしようもなさも出す勇気もなければ、ケジメをつける勇気も無い奴なんか知ったこっちゃないと思ってた。けど、このアルバムを聴き込むと何が1番悪かったのか、、、痛いけど良く分る。ずっと<明晰な視線>だと格好つけてたんだね。まったくこっちでも書いているように「土管のねじり込み」だよ、やってたのは。


この曲でWe're Still Still Friendsと歌う女性とはとっくの昔に終ってる。誰だって、そんな相手の1人や二人位は抱えてて、「もう終ったことだ」って蓋してる。けど、Donnyは歌う。だから皆、逃げだしたくなってる。それ位に彼は見詰め切ってる。蓋して終らせる事は無い。この視線はマクナイトやStevie Wonderのレベル。なのに、この曲をおっかっけてみえるのは、身を投げだす彼の姿勢なんだよね。もっと、分り易くいう。様は、

向こうから言われたら、ヨリを戻す
これは滅茶苦茶です。マクナイトの処女作を聴けば一目瞭然。ホントに見詰め切ろうとしたら、今と過去のど真ん中に固定しなくちゃいけない。この絶妙な距離感は本気でやる為には当然です。今と過去の間に見詰め切れる距離があるから。マクナイトとStevie Wonderのアルバムに完全に浸れるのは、どれだけ心が揺れ動いても、彼らはその距離を分っているから。そしてDonnyは分ってない。それを分ってないのか、それとも、これがネクストレベルのなのか、今だに僕は分ってない。ヤバイとは分る。「だから誰もしないのだ」と。そして、Donnyは自殺してる。

困った話だよ、本当に。ただ、えぐる視線が正しいと思ってた。けど、彼は見詰め切る視線で、かつ触れようとしてる。マクナイトは自身が「優しい男」だなんて、これっぽっちも思ってないと思う。単に、ラインを引いて、それを守っているだけなのだと。あれが死んでも優しさに分類されない事ぐらいは、当然だよ。それを認識しないで、あのレベルは出せない。けど、マクナイトはどこに出しても誠実だよ。彼は見詰め切っているもん。相手も自身も等価に。

Donnyは優しさと誠実が本当の意味で両立する地点を見つけたのだろうか・・・・
この先の自分のテーマだな、これは。マクナイトに聞いてみたい気分だよ。「貴方は守りに入るには早すぎる。処女作がコケた後、瞳を閉じて色々達成して来た。けど、処女作の評価軸からみれば、あまり意味は無いよね。僕はやっとその先があるらしいことを見つけた。Donnyのこの曲を聴いて。それを貴方がどう感じるか、知りたい。貴方はもう1歩を踏み出したがっている。それは何処へ?」


Home