強さと優しさ(簡略版)
[2003/10/05]

自己という概念も1つの像に過ぎない
だと思いマス。自分ってのは概念です。自分というのは「これまでの事実の集合」だとしたら、概念ではないけれど、実際は「過去の事実の自己評価の集合です」 人は過去の事実を意味付けします。その時点で評価してます。もちろん時間が経てば「ああ、あれは実はイイ意味だったのか」と気付く事もあるし、逆もあるでしょう。だからこそ事実の集合としての自分=「身体ベースや過去事実そのもの」は変わらないけれど、自分という概念は周囲の状況や歳と供に変わっていくと思う。で、本当に大事な事は事実の集合でなく、評価の集合としての価値観だと思いマス。変えれないものを悩んでもしょうがないです。決まっている事は決まっているし、過去は過去です。それ位なら「意味付け」の方を変えたいもんね。そしたら、それだけで未来が変わる。
あのコーナーでは、こうさらっと書いたけど、これだけじゃ伝わりにくいのは確か。だから追加コーナーです。


自己ってなんですか?

戸籍に書いてあるのは、名前、家族関係、出身地 etc。もちろんこれは大事な情報だし、変えれないものであるのは確か。変えれないものを変えようとするのは無意味。やっても欺瞞しか生まない。
今の場所。今の関係。それは過去からの選択によってもたらされて、自分自身が選んできた部分も大きい。そして、未来のこと。起こる確率が高い未来のことは、自己の中に入れていいと思う。ここまでは当然のこと。けど、それだけじゃ何も見えない。


もしこの世が全て思い通りになるのなら、自己概念は融解する
久々にストレートに切り取った言葉。「感情の世界」島崎敏樹著:岩波新書です。全く、なんでマザーがこんな本を持っているのか謎だが、以前に本棚から持ってきました。あの人がこの本をどれだけ読み込んだのか分からない。だってこの本を元にした人生訓なんて聞かされたこと無いからなぁ。ま、それは置いておいて、この著者はまさしくベルグゾンに連なる系譜だと思う。読み始めから思ったけど、やっぱりそうだった。

「自己意識の発達した西欧世界はその風土と切り離せない。緩やかな自意識は満たされた南の島にこそ見受けられる」なんて、言っていいのかよぉ、、、と思うが確かに正しいんだよね。人は皆、生まれる前に羊水の中で満たされた状態にいるが、この時に自意識なんて存在しないのだから。産まれてくる時に初めて呼吸を覚え、同時に泣く。いや、泣く事で呼吸を覚えるのだと思う。そんな意味では当然すぎる呼吸さえも、一番最初の辛さなのかもネ。心臓手術の後にそう気づいたなぁ・・
起きてる事と寝てる事の区別も曖昧で、寝たい時に寝て起きたい時に起きる。それは完全に赤ちゃんに自由。だから唯一は食事なんじゃないかな。泣く事で貰えるとに気づく。それは世界に対する最初の亀裂。自意識の萌芽。

「かならず幸福になれると信じた幼かった日のこと、これといってうちこむほどの才能にも恵まれなかったかわり、およそ人並みな事は苦もなくなしうる順調なコースをすすんだ。人におもねることもなく、すなおに有合わせの才能だけで自由に生活を楽しんだ小学生時代は実に素朴で、我ながらすがすがしさを覚えるほどのやんちゃ娘であった。大勢の愛情につつまれて、他人の考えを意識に入れることなく、きっと素晴らしい幸福の訪れがあると信じてくらしていた」との回想録が本に引用されているけど、まさしく情景が浮かんでくる文章で、、、幸せな幼年時代ならば、こんな風に、情景に解け込んだ自意識になると思う。明確な自意識は追い込まれた状態から生まれてくるから。人並みに望み、人並みに達成できてきた人生なら、大学生になっても素の魅力を保ちつづけれるのは確か。実際に、そんな笑顔をする人に昔、会ったことがある


欲望というのは短期的な願望
夢というのは長期的な願望

長沼さんがこう看破していたけど、自分も未だにこれ以上の定義を知らない。けど、なぜ欲望よりも夢の方が上位なのだろう? たまにそんな事を考える。人を傷つける夢と、本人だけで完結し誰も悲しまない欲望を比べても、そう言えるのだろうか?? 未だに分かってないことは多い。けど、やっぱり短期的な未来と、長期的な未来の間には、明確な意味上の差が存在すると思う。

今というものは追い求めるものではない。一瞬は一瞬でしかない。過去と未来があるべき姿になれば、必然的に今もあるべき姿になるって、昔から思ってた。誰かに聞いたのか、何かの本を読んだのか忘れてしまったけど、やっぱりこれは正しいだと思う。だとしたら、

未来に載る優しさってなんだろう・・・

「すなわち、恋愛では恋の相手をとらえて自分のものとし、相手を吸収したい欲望が、うちあけたところ大部分であるから、いざ恋が成就して、先方が自分の自由になって、相手から吸い取れるものを我が身に吸収してしまえば、残ったものは味の無いつまらぬ人間に過ぎない。こちらが肥えただけ、先方の良さはおとろえてしまったのである。したがって、恋の美しさが続くためには、恋は非愛に終わらねばならぬ。愛が人を求める愛である限り、欲望がみたされれば、相手は無価値なものに成り下がってしまうのである。(注:下線は引用者)
余りに正しすぎる言葉。この本(「感情の世界」)の中でも、最高度数だと思う。なのに、この本はまだまだねじり込むんだよネ。

「そういってはしかしあやまりであろう。欲望が満たされれば相手が無価値となってしまうのではなくて、人を求める愛においては、実は始めから相手に価値は与えられていないかったのであった。一見自分が先方を非常にたかく価値づけているように相手に思い込ませ、ことによれば自分をもあざむいて相手を高いものと思い込み、先方のためならどんなことでもすると心に決めていたのは、そうすれば求める人が自分に傾いてくれる見込みが濃くなるからである。それは真底から相手の人格をたかめようとする心ではなく、内心たかめたかったのは自分自身なのであった。価値高揚はこちらの側にあり、相手はそれに役立つ手段なのである。「愛の強さは嫉妬の強さではかられる」と言う人は・・・」
あまりに引用してはダメでしょう、読みたい人は買ってみてください。とにかく凄い、圧巻の一言に尽きる。16の頃、PM.Dawnの"Beyond Infinite Affections"に惹かれてた。「無限の愛情の彼方に憎しみの存在する理由がある」って。けど、この本から見れば、幼稚園児のたわごとだよ・・・

まさかここまで突き詰めてるとは、、、1952年第1版の本なのに、なんで有名になってないのだろう。 
久々に人智を超えるのをみた。まさしくこの人は鬼レベルです。この本が高校の推薦図書にならないのは、あまりに超越してるからだと思う。

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