言葉を探して ver2
[2005/07/24]

言葉によって五感が研ぎ澄まされる。この爽快感を味わわせてくれる文学者の代表が、宮沢賢治だ。<中略>詩人や文学者の場合でも、地水火風のイメージで言うと、どれかに好みが偏りがちだ。しかし、宮沢賢治の場合は、具体的なものとの関わりが常に失われておらず、地水火風のどれもがリアリティのあるイメージで提示される。

この文章を読んだ時、R&Bのレビューで必要なイメージの種類と、自分の偏り・伸ばすべき方向は一度、真面目に考える必要があるなぁと言いつつも実は真面目に考えなかった(汗

 道がつづらに折りなって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、
 雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた

けどこの伊豆の踊り子の冒頭の部分は頭をハンマーで殴られた位にショックだった。実は本自体は10代の頃に読んだ事がある。日本文学全集だったかな? 中学の図書室だったかな? 有名な青春文学という事で読んだけど、さっぱり良さが分からなかった。だからこの文に感動するセンスすら無かったんだね。同じく10代で読んだ雪国の方は、確かにガラスに映る景色の描写は凄いとは思った。けど、状況設定の部分があまり合わなくて、そんなに感動はしなかった記憶がある。

毎年、それなりに本を読んではいるつもりだけど、そんなに描写に感動を受ける事はない。けど、この本は今の自分に何が足らないかを明確に示してて、それが結構辛かった。

もともと村上春樹の比喩描写を目標にしてきたけど、冷静に考えるとあの人の比喩描写は動物が登場する事が多い気がする。その時々の心とマッチした動物が登場して、なんかダンスしてたりする。そんな形。

自分自身は語彙の細かい区別とその説明かな。細かい語彙は本を読めば使えるようになるけど、それに具体的なイメージを与えるのは、ある種の訓練が必要です。
ハマルまでに時間がかかると思うけど、1度ハマッたら他じゃ代替できない静謐感がアルバム全体を包んでる。
「静謐感」の言葉の意味自体はフィーリングとして使っているだけだからちゃんとは言えません。一応の説明をすると、[静寂]の下位分類かな。静寂は肌に冷たい感覚だが、静謐の方は肌に暖かい感覚。古くからある土蔵の扉を何年ぶりかに開けたような・・・妙に親近感を覚えるような感覚です。

静謐という言葉を始めて見た人も多いのかもね。あんまり使わない言葉だから。けど、弓道とか静止状態を突き詰める分野なら馴染みがあると思う。って言っても、オレッチも静寂と静謐しか知らないんだけど。
最近の個人的HITでは

カッコよさ・綺麗さを喩えて言うならば、うーんと
キラキラ水面が輝く小川かな
川岸の石に座って、裸足をひんやりとした流れに浸したいような
そんな初夏の一時
だとしたら、格好つけてるってのは、キラキラ輝かせる為に川の底に鏡を置いてるような作為さの事を言います
鏡を上手く入れれて、それで出来る輝きはナチュラルじゃないと話を持っていけたから、個人的に嬉しかった。女性との会話で出してみて、相手の反応を見たい今日この頃かな。ここら辺がP2S2R&Bのフィールドです。

「そりゃNew Jack Swingの最後の輝きだからねぇ。Vibeという単語に《心のドキドキ》と《ベットのドキドキ》の二つを込めるのが彼らしいのさ」
ってベットをドキドキさせるような擬人法は基本中の基本だからね。本当のVibeはもっと直接的な意味だと思うけど、ベットのドキドキで軽く包んだ所はちょっと目新しいけど、ナチュラルにノリがいい時は普通にこんな感じなんで。
けど、この冒頭を見て痛感したのは、

・色彩感覚のなさ
・立体感覚のなさ


この二つに尽きる。「つづらに折り重なる」は知ってないと使えないし、知ってればピンポイントで使える種類の話だと思う。「段々に折り重なって」でもセーフだと思うし。だからここはそんなにはショックじゃなかった。けど、「雨脚が杉の密林を白く染めながら」での単語で絵を描くような描写が圧倒的。杉の密林という言葉が生み出す濃い緑は、緑メインの本HPとしては余計にショック。雨脚が白く染めるという描写が凄いんだよね。普通ならどんより灰色なのに、それを白という言葉を使う事で、霧のような雲を突き破る雨粒が、峠の高さを表現してる。

もともと色彩感覚は弱いんだよな。。今でもそれを痛感した時の事は覚えてる。中学の写生会の時だった。木の幹を描いてたんだけど、俺は茶色やこげ茶を重ねてたんだよね。けど、美術の先生のお気に入りの同級生は、赤や黄色や黒を重ねて、幹の色を出してた。それを見た瞬間に、「木の幹だからって、茶色の枠の中で考えてた自分は才能無いんだな」って痛感した。何歳の頃かも忘れたけど、この痛感だけはなんかずっと覚えてる。今思うと、確かに油絵とかはそんなタッチが多い。点描画はその極端な例かな。そういう感覚は、美術の本に載ってるような絵が日本に来た時に見に行って、「近くから見るとこんな筆使いなんだ」って知る事で養われるのかもしれない。

そういう意味で、単語それぞれの色と、その重ね方について今後はもっと意識しなくちゃいけない。雨脚を白で捕らえる感性は一生無理の気もするけど。

もともと電気を消してR&B-Timeと言ってる位だから、あまり色彩感覚には拘ってない面あるも。色を削り落とした空間において、意志が生み出すわずかな光を全身に広げていくっていうMaryJ.のMy Lifeのような瞬間が好きなのもある。けど、そう言ってても始まらないんだよね。意識的にネクストステージを目指すようにしなければ。

「すさまじい早さで麓から私を追ってきた」

っていう足元からえぐるような立体感覚も凄い。そもそも本HPに立体感覚を感じさせるような描写なんて皆無のような気がする。雨ははあくまで上から下に落ちるものだけど、それを下から上に配置する乱暴さが凄い。なんていうかな、セーフラインをどれだけ重ねてもセーフにしかならない。振り向かせようと思ったら暗黙的な調和を一つは壊さなくちゃいけない。
その数が零ならやっぱり眠たくなるし、多すぎると破綻するから。そのバランスを大まかに設計できる能力が必要です。上、下、右、左、手前、奥っていう立体感覚は大事なんだけど、こういう静的な配置はすぐに2次元に圧縮されるんだよね。どれだけ3つ以上で立体さを出しても。

そんな意味ではこの文章はえぐるような動きがあって、だから立体感覚が死んでない。雨雲が足元から追ってくる動きと、その雨雲から放たれる雨の軌跡。えぐる動きが下→上、上→下とクロスしてる。それが本気で凄い。こんな世界があるなんて知らなかった。。



ということで、「言葉を捜してver2」はこれ位で終りです。今までは自分のレベルにとりたて不満が無かったけど、川端康成を読んでもっと先の世界があることが分かった。文庫本の終りでは三島由紀夫も誉めていたけど、確かに同業者から見ても凄い情景描写なのだろう。


で、そんなことで言われても、「そもそも俺はどうすりゃいいんだ」と思った男の子に一つだけアドバイス。
「好きな女の子に手紙を送りましょう」
もちろん手書き。って手紙だけもちょっと今のご時世なかなか難しいので、CDの貸し借りとか物理的なやり取りがある時に手紙を添える。K-ciがLast Night Letterと言うくらいなんだから、R&B好きで手紙書いた事ない人は、どれだけ段位があっても「スタート地点に戻る」でしょう(爆 出せなかった手紙がある人はポイントUPにしてもいいんじゃないかと思ってる。その手紙を数年ぶりに見直すことで、昔の幼さに痛感することってある。そうやって大人になっていく方がいいと思うから。

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