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核が見えない | ||
[2003/03] 「幸せな家庭の形は一つだけど、不幸な家庭にはそれぞれの形がある」だったけな? トルストイのアンナ・カレリーナの冒頭です。名作の誉れ高さにしり込みしてまだ読んでませんが、この冒頭の台詞は深いと思う。 「ヒットする曲の形は一つだけど、売れない曲にはそれぞれ理由がある」 これも確かに事実なのだろう。ヒットに関してはウエイトが低いP2S2H2ですが、このアルバムが売れない理由は取り上げます。発売時は波に乗ってたシェイク・スピアのトータル・プロデュースのアルバムで、ついでにKandiの彼氏だったらしいが。うーん、イマイチなんだよね。 そりゃ二人で組んで曲を提供してる時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、その勢いで発売したこのアルバムは見事にコケたんだよね? その理由はよく分るなぁ。この先、息長く売れ続けることも無いと思っちゃう。それ位に足らないものがある。 90年代の力量のあるガールグループとしてXscapeの名を挙げるのはコンセンサスでしょう。Kandiはそのメンバーの1人だったのだから、激ウマではないけれど、歌手の能力的には悪くない。プロデューサーのシェイクスピアも悪くない。けどなぁ、、、聴かせる曲が少ない。引っ張られる曲がない。確かにTLCの"No Scrubs"は良かった。デスチャの"Bills Bills Biils"も。普段はあっち系はパスなのだが、それでも認めざるをえないものがあったから。けど、 悪いけどKandiが歌ったらヒットしなかったと思うな・・・ ああいう曲は歌う人のペルソナが大きく影響する。レフトアイやビヨンセのような「まあ、あいつらならしょうがない」と男に思わせるだけのペルソナが。このアルバムの中の曲も彼女らに歌わせたらそこそこヒットした気もするから。あのペルソナを維持するって結構大変だと思う。当たり障りの無いラインを大幅に外れてるもん。クレイジーといってもいいんだからw それを持ち得ない人が歌っても妙にカスカスの曲になるという印象。はっきり言うと、イケイケな若い娘がMaryJ.のDeepな歌を歌うぐらいの違和感がある。 そもそもTLCが3作目をあれだけヒットさせた事自体が脅威的なんだよね。あれはかなり称賛すべきことだと思う。歳をとった分だけ、ビデオクリップの化粧がキツクなったのも当然だと思うから。全く、21,22歳ぐらいまでのノリのハズなのに・・・それを演じこなしたのは凄い。けどTLCが4作目を出せるのか分らないなぁ。あそこまで突き詰めた彼女らは方向転換出来ないと思うから。 そんな事を考えると、裏に回って曲の提供で名を挙げたとしても、それを引っさげて前線に行ける訳じゃないという事実。その点を考えるとJoeの事は素直に認めていいと思う。彼は裏方に回った時期に、イイ曲を提供するだけでなく、問題に立ち向かっていたのだろう。彼の処女作と"All the things"の間には、曲だけでなくヒットさせる歌手の色気も違うから。曲的にはエロエロ(彼氏より俺の方がいいぜー)で、ギンギラギン(クルザーに乗ろうよ)な曲だけど、それをこなすペルソナの幅の広さがHITする為には重要だったのかも。「譲った」という視点でいえば、R Kellyと同じかも・・・・と最近思う。 Kandiは「もしNo Scrubsを私が歌っていたらどうなってたか?」という設問の答えを見つけてからソロで打って出るべきだったのだろう。そこら辺を突き詰めた感触がアルバムから伝わって来ない。「おバカさん」と言いたい所だけど、彼女はもう復活はできないだろう、、、、ホントは答えはいらないのに。この問いを悩みつづければそれだけで深みも核も生まれるのになぁ・・・。大事なのは答えじゃなくて過程なのだから。だってTommy SimsだってR Kellyだって答えは見つけてないもん。 シェイクスピアも第一線の歌手をプロデュースする過程で、彼女らとKandiとの差に気付かないと。そんな意味では彼氏失格だなぁ。このアルバムのセールス結果をお互いなじりあってそうだもん。Kandiもシェイクスピアも自分自身がこの結果を背負う気があったのかなぁ。その気持だけがあるだけで深みも変わるもんなんだが。久々のアルバム、Rhona並だよ、これは。 |